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東京高等裁判所 平成元年(ネ)1693号 判決 1990年7月16日

平成元年(ネ)第一六一四号事件控訴人、同年(ネ)第一六九三号事件被控訴人(以下「一審被告」という。) 梅田卓雄

同 梅田君子

右両名訴訟代理人弁護士 大石徳男

平成元年(ネ)第一六一四号事件被控訴人、同年(ネ)第一六九三号事件控訴人(一審原告)土屋和子訴訟承継人(以下「一審原告承継人」という。) 土屋芳江

<ほか二名>

右三名訴訟代理人弁護士 横山正夫

同 小林公明

同 水野晃

同 和田有史

主文

一  一審原告承継人ら及び一審被告梅田君子の各控訴及び一審原告土屋和子死亡に伴う訴訟承継に基づき、原判決主文一、二、四項を次のとおり変更する。

1  一審被告梅田卓雄は、一審原告承継人らに対し、原判決添付物件目録三記載の建物部分を明け渡し、かつ、一審原告承継人ら各自に対し、昭和五九年五月二六日から右明渡済に至るまで、一月当たり金三万四〇〇〇円の割合による各金員を支払え。

2  一審原告承継人らの一審被告梅田君子に対する請求及び一審被告梅田卓雄に対するその余の請求を棄却する。

3  一審原告承継人らは、一審被告梅田卓雄に対し、各自金二三三万三三三三円及びこれに対する昭和六一年一二月一一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  一審被告梅田卓雄の控訴を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じ、一審原告承継人らに生じた費用の三分の一と一審被告梅田卓雄に生じた費用の三分の二とを同一審被告の負担とし、その余の費用は、すべて一審原告訴訟承継人らの負担とする。

四  この判決第一1、3項は、仮に執行することができる。

事実

一審被告らは、「原判決中、一審被告らの敗訴部分を取り消す。右部分につき一審原告の請求をいずれも棄却する。一審原告は、一審被告梅田卓雄から金一八三五万三〇〇〇円の支払を受けるのと引換えに、一審被告梅田卓雄に対し、原判決添付物件目録一記載の土地及び同目録二記載の建物について昭和五五年一一月売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。一審原告の控訴を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも一審原告の負担とする。」との判決を求め、一審原告承継人らは、「一 原判決主文一、二項を「一審被告らは、一審原告承継人らに対し、原判決添付物件目録三記載の建物部分を明け渡し、かつ、一審原告承継人各自に対し、昭和五九年一月一日から右明渡済に至るまで一月当たり金三万四〇〇〇円の割合による金員を支払え。一審被告らは、一審原告承継人ら各自に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和六二年二月一四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え」と変更する。二 原判決主文四項を取り消し、右取消部分にかかる一審被告梅田卓雄の請求を棄却する。三 一審被告らの控訴を棄却する。四 訴訟費用は、第一、二審とも一審被告らの負担とする。」との判決及び右一項につき仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決の事実摘示及び当審記録中の書証目録記載のとおりであるからこれを引用する。

(一審原告承継人ら)

一  一審原告土屋和子(以下「一審原告」という。)は、平成元年八月三〇日に死亡し、兄弟姉妹ないしその子である一審原告承継人らが、相続分各三分の一の割合で、同人を相続した。

二  本件建物部分の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)の終了原因を、次のとおり選択的に主張する。

1  信頼関係破壊を原因とする解除による終了(従来の主張の補足)

一審被告らが、通常の時間帯に食事を提供しなかったことが、直ちに本件賃貸借契約上の債務不履行に当たるとはいいがたいとしても、本件賃貸借契約は、一般の賃貸借契約とは異なり、特殊な人的信頼関係を基礎に成立したものであるから、既に主張したような事情でその信頼関係が破壊された以上、それ自体が解除原因となるというべきである。

2  解除条件の成就による終了

本件賃貸借契約には、一審被告らが一審原告に三度の食事を提供することを前提とする両者の円満な生活が維持できなくなったときは、当然に右契約は終了するとの解除条件が付されていた。

そして、既に主張のとおり昭和五九年一月一日以降は、一審被告らの一審原告に対する食事の提供は途絶し、両者間の円満な生活は完全に破綻するに至ったから、これにより解除条件は成就し、本件賃貸借契約は終了したというべきである。

3  危険負担による貸す義務の消滅

本件賃貸借契約上の義務として、一審被告らは、一審原告に対し、三度の食事を提供すると共に家庭的雰囲気で接する義務を負ったものであるが、前記のとおり昭和五九年一月一日以降は、食事の提供が途絶し、円満な生活は完全に破綻したから、一審被告らの右義務の履行は不能になったというべきであり、民法五三六条一項の適用により、その反対給付である一審原告が一審被告らに本件建物を貸す義務も消滅したというべきである。

4  事情変更を原因とする解除による終了

本件賃貸借契約は、一審被告らが一審原告に三度の食事を提供することを前提に、両者が家庭的な雰囲気で接することを目的として締結されたものであるが、その後、一審被告らの食事提供時間の遅れに一審原告の体力の衰えが加わり、食事提供が途絶えた昭和五九年一月一日以降は、両者が家庭的で円満な関係を維持するという契約成立の基礎となった目的は達成不可能な状態となった。こうした事情の変更は、契約当事者が予見しえなかったことであり、かつ、この場合においても当初の契約内容を維持し強制することは、一審原告の健康保持の観点からみても著しく信義に反するものである。そこで、一審原告は、昭和五八年一一月、一審被告らの食事提供を拒否することにより、黙示に本件賃貸借契約の解除の意思表示をし、右意思表示は、遅くとも一審被告らが食事提供を途絶した昭和五九年一月一日には、一審被告らに到達した。さらに、一審原告は、昭和五九年五月二五日到達の書面により、一審被告らに対し、本件賃貸借契約解除の意思表示をした。

三  後記一審被告の主張三の事実(本件不動産の売買契約の成立)は否認し、同四は争う。

(一審被告ら)

一  一審原告承継人の前記主張一の一審原告の死亡とその相続関係は認めるが、その効果は争う。

二  同主張二は、いずれも争う。一審被告らは、一審原告から「三度の食事を提供すれば、家賃は支払わなくてよい。」と本件建物部分に居住するように提案され、「商売をしているため、食事を規則正しく提供することはできないから」といって断ったが、一審原告がどうしても居住して欲しいと懇願したので、同居するに至ったのである。このような事情からすると、食事提供時間が遅れたとしても、一審原告は受忍すべきであったのであり、その後、一審原告が拒否するため、一審被告が食事提供をしなくなったからといって、事情変更その他の理由により、本件賃貸借契約の解除や当然失効を認めるのは不当である。

三  一審被告梅田卓雄は、昭和五五年一一月ころ、一審原告との間で、本件不動産を代金二五三五万三〇〇〇円(土地一坪当たり六〇万円)ないし時価相当額で買い受ける旨の売買契約を締結した(同日、売買予約をしたとの従来の主張は撤回する。)。

四  なお、右売買契約により一審被告梅田卓雄が本件建物部分について所有権を取得した以上、一審原告らは、一審被告らに対し、その明渡しを求めることはできない。

理由

第一一審原告承継人らの一審被告らに対する本件建物部分明渡等請求について

一  一審原告が本件建物部分を所有していたこと、一審原告が、昭和三六年五月、一審被告梅田卓雄との間で、その家賃、管理費の支払に代えて、一審被告らが一審原告に対し、一日三度の食事を提供するとの約定で、本件建物部分を賃貸する旨の契約(本件賃貸借契約)を締結したことは、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件賃貸借契約の終了の成否について、判断する。

1  《証拠省略》によれば、次の各事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一) 一審原告は、昭和五五年当時、六三才で、六戸からなる共同住宅である本件建物の一戸に一人で暮らし、他の五戸の賃貸収入で生計を立てていたが、親、配偶者、子はなく、僅かにいる姉等の肉親とも疎遠であり、しかも、持病の喘息で時々入院する状態であった。

(二) 一審被告らは、本件建物の近くの借店舗で青果販売業を営んでいたが、顧客である一審原告と親しくなり、同年八月ころ、一審原告が喘息で入院するに際し、その保証人になり、その入院期間中にも一審原告の依頼により買物、本件建物の掃除等をしてやった。

(三) 同年一一月ころ、一審原告は、一審被告らに対し、本件建物の一部に住んで、一審原告に三度の食事を提供してくれるならその賃料、管理料は無料にすると申し出た。これに対し、一審被告らは、当初、営業の都合上、食事を規則正しく提供することは困難であるとして断ったが、一審原告が強くその実現を望んだため、昭和五六年五月、一審被告梅田卓雄は、一審原告と本件賃貸借契約を締結し、そのころ、一審被告らは本件建物部分を改装して、これに居住することとなった。

(四) 以後、一審被告らは、一審原告に食事を提供していたが、営業の都合もあり、その提供が通常の食事時間より遅れがちとなり、食事の内容についても一審原告の期待に反するものであったことから、一審原告は、健康保持に不安を抱くと共に、一審被告らに対する不信を募らせ、昭和五八年一一月ころには、一審被告らが食事に呼びに行っても、口実を設けて応じないようになり、昭和五九年一月一日以降は、一審被告らも、一審原告に食事の提供をしなくなった(食事の提供をしなくなったこと及びその時期は、当事者間に争いがない。)。

(五) このように、一審原告は、一審被告らと同じ本件建物内で暮らしながら、疎遠な状態で推移していたが、同年五月二五日に一審被告梅田卓雄に到達した書面により、信頼関係破壊を理由として本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした(右解除の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。)。

2  なお、原審において一審原告本人は、本件建物部分の賃料、管理費用は本来月額一〇万二〇〇〇円であり、本件賃貸借契約には、金額的にこれに見合う食事を提供するとの約定があったとの供述をするが、これに反する原審における一審被告ら本人の各供述に照らし、にわかに信用しがたく、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

3  以上の認定事実によれば、一審被告梅田卓雄は、本件賃貸借契約により本件建物部分を借りた対価として一審原告に食事を提供する債務を負い、一審被告梅田君子は一審被告梅田卓雄の履行補助者として、食事の提供をしたものであるが、その実行した食事の提供が、その内容、時間からみて、一審被告梅田卓雄の右債務の不履行となるとは断じがたく、昭和五九年一月一日以降、食事の提供を行わなくなったことも、前記認定のような事情からすると一審被告梅田卓雄に責任があるとはいいがたい。しかし、その成立に至る事情からすると、本件賃貸借契約は、老齢で持病を持ちながら、頼るべき身寄りのない一審原告が、一審被告らから食事の提供を受けて同じ本件建物に居住することにより、一審被告らとの間に家庭的で親密な関係を維持したいという気持ちから締結を希望し、一審被告らも一審原告のその気持ちを知って締結に応じたものと推認されるのであり、したがって、本件賃貸借契約は、一般の建物賃貸借契約と較べ、その存続に関し、格段に人的信頼関係の維持が尊重されなければならない場合に当たるというべきであり、一審被告梅田卓雄の一審原告に対する食事を提供する義務も、両者の家庭的で親密な関係を背景としてのみ本旨に従った履行が可能である債務であったというべきである。したがって、このような契約関係において、その人的信頼関係が失われ、しかも、建物を貸す義務と対価関係に立つとみるべき食事の提供義務も履行不能に陥ったときは、その人的信頼関係喪失や食事提供義務の履行不能について、借主側に責任があるとはいえない場合であっても、貸主が故意に人的信頼関係を破壊し、食事提供義務の履行を不能にしたとはいえない以上は、貸主は、それを理由に賃貸借契約を解除しうるというべきである。

そして、昭和五九年五月二五日到達の書面により、一審原告が一審被告梅田卓雄に対し、信頼関係破壊を理由として、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがないところ、前記認定のような経過で同年一月一日以降、食事の提供が途絶し、以後、同じ本件建物内に居住しながら一審原告と一審被告梅田卓雄とは疎遠な状態で推移したのであるから、その状態が五か月近く継続した同年五月二五日には、既に両者の人的信頼関係は全く失われ、また、食事の提供義務も履行不能に至っていたものというべきであり、しかも、前記認定に照らし、一審原告が故意にこのような状態を作出したものとはいいがたいから、右解除の意思表示により、本件賃貸借契約は終了したといわざるをえない。

三  したがって、一審被告梅田卓雄は、本件建物部分を明渡し、本件賃貸借契約の終了した日の翌日である昭和五九年五月二六日以降その明渡済まで、賃料等相当の損害金を支払うべき義務があるが、本件賃貸借契約には賃料支払の約定はなかったのであるから、その終了以前にこれを支払う義務はない。そして、《証拠省略》によれば、一審被告梅田卓雄に貸す以前は、一審原告は、本件建物部分から月額一〇万二〇〇〇円の賃料、管理料を得ていたことが認められるから、一審被告梅田卓雄が支払うべき損害金も同額であるというべきである。

四  なお、一審被告らは、一審原告が一審被告梅田卓雄に本件不動産を売却したから本件建物部分の所有権を失った、と主張するが、本件請求は、契約終了を原因とするものであるから、右主張はそれ自体失当であり、しかも、後に判示するとおり、右売却事実自体が認められない。

五  一審原告が平成元年八月三〇日に死亡したこと、一審原告承継人らが同人の法定相続人(各相続分三分の一)であることは、当事者間に争いがないから、一審原告承継人らは、一審原告の一審被告梅田卓雄に対する右請求権を各三分の一の割合で承継したというべきである(一審被告らは、その承継の効果を争うが、弁論の全趣旨によれば、一審原告の遺言に基づき包括遺贈を受けた横山正夫は、これを放棄し、その申述は、平成二年一月一六日に東京家庭裁判所で受理されたことが認められるから、一審原告承継人らの承継を否定する余地はない。)。

六  一審原告承継人らは、一審被告梅田君子に対しても、本件賃貸借契約の終了による本件建物部分の明渡請求及びその明渡義務遅滞による賃料相当損害金の支払請求をするが、本件賃貸借契約の借主は一審被告梅田卓雄だけであり、妻である一審被告梅田君子は、その履行補助者として食事の提供等を行ったにすぎないことは前示のとおりであるから、一審被告梅田君子に対する右各請求は理由がないといわざるをえない。なお、借主の妻である一審被告梅田君子は、他に特段の事情の認められない本件において、本件建物部分について一審被告梅田卓雄とは独立の占有主体であったとはいいがたいから、本件建物部分の所有権に基づいて、一審被告梅田君子に対して右各請求をする余地もない。

七  したがって、一審原告承継人らの本件建物明渡等の請求は、一審被告梅田卓雄に対し、その明渡しと昭和五九年五月二六日からその明渡済まで一月当たり金一〇万二〇〇〇円の割合による損害金の支払いを求める限度では理由があるから認容すべきであるが、一審被告梅田卓雄に対するその余の請求部分及び一審被告梅田君子に対する請求は、理由がないから、棄却すべきである。

第二一審原告の一審被告らに対する損害賠償請求について

一  一審原告が病気入院した昭和五五年八月ころ以降に、一審被告らが一審原告の留守宅からその所有する宝石類(評価額合計一〇〇〇万円以上)を窃取したとの事実については、原審における一審原告本人の供述中にこれに沿う部分がある。しかし、《証拠省略》によれば、一審原告は、昭和五五年内に右窃盗の被害届けを所轄警察署に提出していないこと、一審原告が一審被告らに右被害事実及び一審被告らがその犯人であるとの嫌疑を告げたのは昭和五九年三月以降であること、一審被告らは捜査機関からその嫌疑に関し、取調べを受けたことがないこと、が認められ、原審における一審原告本人の供述中、右認定に反する部分は、にわかに信用しがたく、他にこれを証するに足りる証拠はない。しかも、一審原告本人の前記供述自体が、一審被告らが窃盗をしたと疑いながら、それ以降に一審被告らと同居を始めたというもので、いかにも不自然であり、右認定事実や、右供述に反する原審における一審被告ら各本人の供述に照らしても、到底信用することができない。

なお、一審被告梅田卓雄が、一審原告に対し、昭和五七年一二月一日に二〇〇万円を、昭和五八年五月一二日に五〇〇万円を、それぞれ支払ったことは当事者間に争いがないが、これが右窃盗の事実を認めた上での損害賠償金の一部の支払であったとの原審における一審原告本人の供述も、前示のとおり到底信用することができず、右支払事実自体は、一審被告らが窃盗をした事実を証するに足りるものではない。そして、他にこれを証するに足りる証拠はない。

二  したがって、一審原告承継人らの一審被告らに対する不法行為(宝石等窃取)による損害賠償請求は、理由がなく、棄却すべきである。

第三一審被告梅田卓雄の主位的請求(本件不動産所有権移転登記手続請求)について

一  一審被告梅田卓雄は、一審原告との間で、昭和五五年一一月ころ、本件不動産を代金二五三五万三〇〇〇円で売買する契約を締結したと主張し、《証拠省略》にはこれに沿うかにみえる部分があるが、それ自体曖昧なものであり、これに反する原審における一審原告本人の供述に照らしても、にわかに信用しがたい。なお、《証拠省略》によれば、昭和五五年一一月当時、一審原告と一審被告梅田卓雄との間で、本件不動産を売買する話が進められたことは認められるが、《証拠省略》によれば、一審被告梅田卓雄に依頼された税理士秋山が立ち会って、同月ころ、その売買の話をした際、一審被告梅田卓雄側が用意した誓約書案(《証拠省略》は、いずれもその写し)は、余りに一審被告梅田卓雄に有利な内容であり、秋山もこのような合意を成立させることには疑問を表明したため、双方とも署名しないままに終わったことが認められ、その後、前判示のとおり、一審原告と一審被告梅田卓雄とはその売買交渉の対象の一部である本件建物部分について本件賃貸借契約を締結したことを考えれば、結局、昭和五五年一一月に本件不動産売買契約が成立したと認める余地はない、というべきである。

なお、一審被告梅田卓雄が一審原告に対し、昭和五七年一二月一日に二〇〇万円、昭和五八年五月一二日に五〇〇万円を支払ったことは前判示のとおり当事者間に争いがないところ、原審において一審被告梅田卓雄本人は、これが本件不動産の売買代金の一部の支払であると供述する。しかし、同供述中は、その支払の経過、趣旨に関して曖昧な部分、特に、これが貸付であるかにいう部分もあり、しかも、前記認定事実からみても、この時期に売買代金の一部が支払われるというのはいかにも不自然であるから、右供述部分をもって、それが売買代金の支払であることを証するには足りないといわざるをえず、そうであれば、右支払事実は、本件不動産売買契約が成立した事実を裏付けるものとはいえない。

そして、他に本件不動産の売買契約の成立を証するに足りる証拠はない。

二  したがって、一審被告梅田卓雄の一審原告に対する本件不動産の所有権移転登記手続請求は、理由がなく、棄却すべきである。

第四一審被告梅田卓雄の予備的請求(不当利得返還請求)について

一  一審被告梅田卓雄が一審原告に対し、昭和五七年一二月一日に二〇〇万円、昭和五八年五月一二日に五〇〇万円を支払ったことは、前判示のとおり当事者間に争いがないところ、一審原告承継人らは、その支払の原因につき、宝石窃取に対する損害賠償金であると主張するが、これが認められないことは前判示のとおりであり、他にその支払の原因について主張立証はないから、一審原告は法律上の原因なしに七〇〇万円を利得したというべきである。そうすると、一審原告は、これにより損失を受けたというべき一審被告梅田卓雄に対し、これを返還すべき義務がある。そして、一審被告梅田卓雄が、昭和六一年一二月一〇日に、一審原告に対してその支払を催告したことは、本件訴訟上、明らかである。

二  したがって、一審被告梅田卓雄の一審原告に対する不当利得金七〇〇万円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和六一年一二月一一日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める予備的請求は理由があるから、認容すべきである。そして、一審原告が死亡し、一審原告承継人らが相続したことは前判示のとおりであるから、一審原告承継人らは一審原告の右債務の各三分の一を承継したというべきである。

第五結論

以上のとおりであって、原判決については、一審被告梅田君子に対する請求を認容した部分及び一審原告承継人らの請求のうち、一審被告梅田卓雄に対する賃料相当損害金の一部を棄却した部分は、いずれも失当であるが、原判決のその余の部分は相当である。したがって、原判決は変更を免れないところ、原判決主文一、四項については、一審原告の死亡による訴訟承継に伴う変更も必要であるから、原判決主文一、二、四項を、本判決主文一項のとおり変更し、一審被告梅田卓雄の控訴は、いずれも理由がないからこれを棄却することとして、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉井直昭 裁判官 小林克已 河邉義典)

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